東京地方裁判所 平成4年(ワ)7274号 判決 1994年2月24日
原告
金子智英こと
金子清
右訴訟代理人弁護士
青木俊文
被告
飯塚尚己
右訴訟代理人弁護士
近藤博
近藤與一
近藤誠
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一原告
(主位的請求)
1 被告は原告に対して、金一億四四四二万六〇三六円及びこれに対する平成二年五月一六日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決は仮に執行することができる。
(予備的請求)
1 被告は原告に対して、金六九九〇万八七一六円及びこれに対する平成五年七月二三日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決は仮に執行することができる。
二被告
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一請求原因
(主位的請求)
1 原告は、平成元年七月三日、訴外株式会社日本美販(以下 訴外会社という)との間で次のような委任契約(以下 本件契約という)を締結した。
(一) 訴外会社は、預かり資金を株式に投資、運用するものとし、原告は、訴外会社に対してその全権を委任する。
(二) 訴外会社は、運用利回り配当として、預かり資金に対して年率一五パーセント以上を保証する。
(三) 運用利回りの配当はその状況を考慮した上で、それに応じて同意承諾に基づき行うものとする。
(四) 契約の期間は、平成元年七月三日から平成二年七月二日までとする。
2 被告は、右同日、本件契約から生じる訴外会社の原告に対する一切の債務について連帯して保証する旨を約した(以下 本件保証契約という)。
3 原告は、平成元年七月三日、本件契約に基づく預かり資金として京成電鉄株式会社(以下 京成電鉄という)の株三万株(当時の価格金六〇〇〇万円)を、同月一四日同株一万株(当時の価格金二〇〇〇万円)をそれぞれ訴外会社に預託し、さらに、平成元年一〇月一八日、千葉藤ケ谷ゴルフ倶楽部の会員権(時価金八三〇〇万円。以下 本件会員権という)を追加預託した(以下 右京成電鉄の株及びゴルフ会員権を総称して本件株等という)。
4 訴外会社は、平成二年三月までに利益をあげ合計金三二一七万一三六一円を原告に対して支払った。
5 原告は、平成二年五月一五日、本件契約を合意解除した(以下 本件合意解約という)。
6 原告は訴外会社に対して、本件契約に基づいて、前記預託金合計金一億六三〇〇万円と内金八〇〇〇万円については遅くとも平成元年七月一五日から平成二年五月一五日までの二八八日分の年一五パーセントの割合による配当金九四六万八四九三円、内金八三〇〇万円については平成元年一〇月一九日から平成二年五月一五日までの二〇九日分の年一五パーセントの割合による配当金七一二万八九〇四円の合計金一億七六五九万七三九七円から訴外会社が原告に対して支払った金三二一七万一三六一円を控除した金一億四四四二万六〇三六円の請求権を有する。被告は、本件契約について、連帯して保証する旨を約したのであるから、本件合意解約にかかわらず本件契約に基づいて金員の支払い義務を負う。
よって、原告は被告に対して、右金一億四四四二万六〇三六円の保証債務の履行とこれに対する本件契約解除の日の翌日である平成二年五月一六日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(予備的請求)
1 主位的請求原因1ないし4。
2 原告は、本件合意解約の際に、訴外会社が本件株等を担保に供した金融機関からこれらの返還をうけることができなかったので、原告は、訴外会社に代って右金融機関に対し合計金一億〇二〇八万九〇七七円を支払って本件株等を受け戻した。
訴外会社は、本件契約が終了した場合には、本件契約にしたがって原告が預託した本件株等を返還しなければならないにもかかわらずこれらを返還できなかったので、原告は、担保権者である金融機関に対して右金員を支払って本件株等を受け戻したものであるから、前記配当を受けた金三二一七万一三六一円を控除した金六九九〇万八七一六円の損害を被った。被告は、本件契約の連帯保証人として原告が被った右損害の支払い義務を負うべきである。
よって、原告は被告に対して、金六九九〇万八七一六円及びこれに対する平成五年七月二二日付原告準備書面を陳述した日の翌日である平成五年七月二三日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二請求原因に対する認否
(主位的請求)
1 請求原因1は、認める。
2 同2は、否認する。
3 同3、4は、認める。
4 同5、6は、知らない。
(予備的請求)
1 請求原因1は、主位的請求原因の請求原因に対する認否に同じ。
2 同2は、否認する。
三争点
1 本件の争点は、被告が本件契約について連帯保証したか否かである。
被告が、本件契約に基づく責任を負うとしても、被告が本件取引契約証書に署名をする際、訴外会社より原告の京成電鉄の株一万株を金二〇〇〇万円の範囲内で運用する旨を告げられて、署名押印したものであるから、それ以上に原告が訴外会社に対して株やゴルフ会員権を預託したとしても、被告の関知しないところであり、被告の保証責任又は損害賠償責任は、金二〇〇〇万円の年一五パーセントである金三〇〇万円が限度である。
2 本件保証契約は、株式投資に関して保証したということであるが、株式投資は当事者において左右できない変動を対象とするものであるから、保証人にとっては危険窮まりない非合理な責任を負担することになるというべきであり、まして、本件保証責任は、保証人に保証限度のない無限保証又は根保証をすることを求めるものであるから、無限保証が成立したと解することは、公序良俗に反する無効な契約である。
3 原告と訴外会社は、本件契約を契約期間満了である平成二年五月一五日に合意解約したから、被告は、原告に対し本件契約に基づく債務については何ら負わない。
第三証拠<省略>
第四争点に対する判断
一証拠により認定した事実
本件全証拠及び弁論の全趣旨によれば、原・被告は中・高・大学時代をとおしての友人であり、社会人になってからは高校時代の友人七、八人が「こぼれ会」という名称で二か月に一度位の割合で右会の仲間が経営する寿司店に集る等して親しく交際をしていたこと、岡崎は、東京電鉄の株に関する情報を得たことから右東急の株に投資すれば絶対に儲けることができることから右株をぜひ買いたいと考え、そのために資金を出してくれそうな投資家を探していたこと、被告は、訴外東京証券株式会社の柳川真吉(以下 柳川という)を通してかねてから株式の取引をしていたこと、被告は、平成元年三月ころ、右柳川から今度訴外会社の代表者である岡崎薫正(以下 岡崎という)と共同で仕事をすることになったと言って同人を紹介された際、お客となって取引をすることを頼まれたので、岡崎に対して金一〇〇〇万円の株券を預けて株式の取引をし、同年一二月ころまでに約金四〇〇万円の利益を得たこと、又、被告は、平成元年三月ころ、岡崎から客の紹介方の依頼を併せて受けたこと、そこで、被告は、平成元年三月ころ、京成電鉄の株を多量に所持しており、当時、親しく交際をしていた原告にも株で儲けてもらえば嬉しいと思い、原告を岡崎に紹介することを思いついたこと、原告は、被告から会わせたい人がいるので時間をもらえないかとの電話があり、平成元年六月二八日ころ、岡崎、柳川らと会合をもったこと、原告は、その際岡崎らを紹介されるとともに、被告から、「柳川から大分儲けさせてもらっている。株が上がるのは間違いないから一つ話にのらないか。自分も日本美販と株の取引をするので一緒にやらないか。」等と株の取引方を誘われたこと、原告は、自己が経営する取引先である京成電鉄の株を大量に所持していたが、これまで株の取引をした経験がなく、株の取引等については格別の知識を有していない状況であったので、株の取引をすることは余り乗り気でなかったが、柳川が、「東京証券を辞め、岡崎と一緒に仕事をする。」「岡崎は野村證券に勤めていたいが、辞めて投資顧問をしており、情報は確かで早い。」等と言い、岡崎も「香港の連中が東京電鉄の株を買いに入るという情報が入っているので絶対に上がる。損はさせない。一〇〇パーセント間違いない。」等と言って原告の保有している京成電鉄の株を訴外会社に預けて、これを運用することを勧めたこと、被告も「柳川とは一〇年位付き合っている。柳川からは大分儲けさせてもらっているから間違いがない。」等と株の取引をしきりに勧めたことから、原告は、所有している京成電鉄の株三万株を訴外会社に預託して株の取引をすることを承諾し、平成元年七月三日、岡崎に対して京成電鉄の株三万株を預託したこと、しかしながら、原告は岡崎に対して、何もないのでは心配だから誰か保証人になってくれないかと申し入れたところ、岡崎は、取引契約証書(<書証番号略>)(以下 本件取引契約証書という)を作成し、被告に対して、「原告と京成電鉄の株三万株の範囲内でやり、最低利回り一五パーセントの契約書を訴外会社の吉田に持たせるのでサインをしてほしい。」と電話をして署名をすることの依頼をしたこと、被告は、訴外会社の吉田が右契約証書を持ってきたので、吉田から本件取引契約証書を受け取り、右依頼に応じて右契約証書の末尾氏名欄に署名押印し、住所欄に押印し、これを吉田に渡したこと、被告が、右署名押印する際には、既に東京証券信用株が連帯保証する旨の記銘押印がなされていたこと、原告は、京成電鉄の株三万株を訴外会社に預託した後も、京成電鉄の株一万株及び本件ゴルフ会員権を預託したこと、訴外会社は、原告から預託を受けた本件株等を金融機関に担保に入れて融資を受け、これを本件契約の預かり資金として株式に投資、運用したこと、訴外会社は、平成二年三月ころまでは利益を上げて合計金三二一七万一三六一円の配当を原告に支払ったこと、しかしながら、平成二年三月ころから株式市場が低迷し始めたことから、訴外会社は、同月二六日、原告に対して金一〇〇〇万円の追証をしなければ、証券金融に担保として差し入れてある京成電鉄の株等が流れてしまう等と言っていわゆる追証を求めたこと、原告は、右求めに応じて金一〇〇〇万円を岡崎に対して支払ったが、その後も、岡崎から再度追証として金三〇〇〇万円の提供を求められ、これに応じなかったところ東急百貨店等の株を売却し追加預託金に充当したため、原告は、このままでは株価が下落を続け損失が何処まで達するか見通しが立たないことや金融機関からの借り入れの利息も日々増加すること、さらには京成電鉄の株が売却され、市場に京成電鉄の株が多量に出回り、同社に迷惑をかけることとなることを畏れ、訴外会社に対して本件契約を解約する旨を申入れたこと、訴外会社は、当初の契約どおり同年七月二日まで投資を継続するように説得したが、結局は、原告の意にしたがって、平成二年五月一五日、本件契約を合意解約することとしたこと、本件契約を合意解約するに際して、残っていた東急電鉄の株を売却したが、なお、不足額として合計金一億〇二〇八万九〇七七円の累計損額が出たことから、原告は、右不足額を訴外会社に支払って本件取引を清算して終了させたこと、訴外会社と原告は被った右損害については引続き協議することとして、平成二年五月一五日、本件契約を終了させ、原告は訴外会社に対して、本件契約を終了させ清算をすべて完了したことを証する旨の書面及び本件取引にあたって預託を受けていた本件株等を返却受領した旨を記載した書面を交付した上で、本件契約を合意解約したことの各事実が認められる。
二本件保証契約の成否について
1 本件保証契約について
右認定した事実によると、被告は、岡崎からの求めに応じて本件取引契約証書に署名押印をしたものであるが、被告は、岡崎から本件取引契約証書に署名押印をするに先立って、訴外会社が原告から京成電鉄の株三万株の預託を受けて本件取引を行う等という原告との本件取引の具体的な内容を電話で知らされており、しかも被告が本件取引契約証書に署名押印した際には、既に訴外東京証券信用株式会社が連帯保証人としての記銘押印をしていたものであり、又、被告は、原告が訴外会社と本件取引を行うについては預託する京成電鉄の株を失うことを強く畏れており、少なくとも右株だけは保全したいという気持が強かったことは、原告に対して岡崎や被告が説得を行った経過等から知悉していたところである。これらの事実に照すと、訴外会社が被告に対して、単なる立会人として本件取引契約証書に署名押印をすることを求めたものと解することはできないし、被告も立会人としてこれに署名したと認めることはできないし、むしろ、被告は、本件契約の連帯保証人となることを承諾した上で、署名押印したものと認めるのが相当である。
なお、被告は、被告が本件取引契約証書に署名をする際、訴外会社より原告の京成電鉄の株一万株を金二〇〇〇万円の範囲内で運用する旨を告げられて、署名押印したものであるから、それ以上に原告が訴外会社に対して株やゴルフ会員権を預託したとしても、被告の関知しないところであり、被告の保証責任又は損害賠償責任は、金二〇〇〇万円の年一五パーセントである金三〇〇万円が限度である旨を主張し、本件契約の締結時に、原告は京成電鉄の株一万株を預託することを約したことを供述するが、被告の右供述は他の関係証拠に照して採用することはできない。
前記認定したとおり、原告は、平成元年七月三日、京成電鉄の株三万株を訴外会社に対して預託し、訴外会社はこれを担保として融資を受けた金員を預り金として運用することを約して本件契約が締結されたものであるが、原告は、何もないのは不安だからということで本件取引契約証書を取り交わすことを訴外会社に対して求め、訴外会社もこれに応じて本件取引契約証書を作成したもので、本件契約に際して、原告が、後日、右京成電鉄の株三万株以外にも京成電鉄の株や本件ゴルフ会員権を訴外会社に相次いで預託する等して本件取引を拡大して行うことを依頼していたとか、このようなことを明示していたという経過は認められないし、かかる事実を認めるべき証拠も存しない。しかも、本件契約は、その後も訴外会社に対して順次株等の預託をして継続的な取引をするという性質の契約でないことは本件契約の趣旨に照して明らかであるから、原告が、本件契約の締結後、新たな預託を行って取引を行ったとしても、被告が、その後に行われた右預託についてまでも保証人として元本を保証する義務を負担するものでないと解するのが相当である。
したがって、被告は原告に対し、本件保証契約に基づいて京成電鉄の株三万株の元本を保証するという範囲内で本件契約に基づく保証責任を負うというべきである。
2 本件保証契約の有効性について
被告は、本件保証契約は、株式投資に関して保証したものであり、このような株式投資は当事者において左右できない変動を対象とするものであるから、保証人にとっては危険窮まりない非合理な責任を負担することになり、まして、本件保証責任は、保証人に保証限度のない無限保証又は根保証をすることを求めるものであるから、無限保証が成立したと解することは、公序良俗に反する無効な契約である旨主張する。
本件取引契約証書には、運用利回り配当は預かり資金に対して年率一五パーセント以上を保証するものとする旨が定められているが、株に対する投資が如何なる場合でも、預かり資金に対して年一五パーセント以上の運用利回りを確保できるものとは限らないことは多言を要しないところである。本件契約においても、運用利回りの配当の分配については、その状況を考慮した上でそれに応じて同意承諾に基づき行うものとすることが約定されており、訴外会社が原告に対して、常にいかなる状況においても年一五パーセント以上の運用利回りを保証したものと解することは困難である。加えて、前記認定のように、原告が訴外会社に対して、本件取引契約証書の作成を求めたのは、本件取引を行うにあたって京成電鉄の株を失うことをもっとも懸念したからであり、原告が、本件契約を締結する際に、年一五パーセント以上の運用利回りの支払いがなされることが確保されることを本件取引の条件としたとか、右運用利回りの支払いに関して格別な取引条件が当事者間で協議されたという経緯も認められない。
ところで、原告が、本件取引を承諾する過程において、岡崎及び被告らが原告に対して、原告が訴外会社に預託した株券等の元本や年一五パーセントの配当を約束する等と言って本件取引を勧めた事実が認められないわけではないが、前記認定した事実に照すと、被告らは、岡崎が、東急電鉄の株に関する情報を有していたことからこれに投資すれば、原告に対して絶対に損はさせない自信があったし、被告も岡崎との取引でこれまで儲けさせてもらっていたことから、同人の情報には信頼を置いており、又、当時、株による取引が順調に行われ高率の運用利益をあげていたことから、本件取引において損失が生じるであろうことは予想をしていなかったため、むしろ、親しく交際をしていた友人である原告に株による取引で儲けて喜んでもらおうという気持ちから強く本件取引を勧めるための言辞として右のように話したものであると認められる。そうであるとすれば、岡崎や被告らが、原告に対して、元本や年一五パーセントの配当を約束すると言ったとしても、直ちに被告らが利益配当について保証を約したと認めることはできない。
以上のとおり、本件契約は、原告が預託する京成電鉄の株が失われることを強く懸念したことから締結されたものであり、本件契約においては、前記認定のとおり、訴外会社は原告に対して、原告が、本件契約の締結に際して預託した京成電鉄の三万株について元本を保証することを約したにとどまり、被告が保証をする範囲もその範囲に限られるというべきである。したがって、被告の保証責任が、保証限度のない無限保証又は根保証であると認めることはできないから、本件連帯保証契約が直ちに公序良俗に反すると解することはできないので、被告の右主張は採用しない。
三合意解約と保証責任について
1 主位的請求について
原告は、被告は、原告が訴外会社との間で締結した本件契約について連帯して保証することを約したのであるから、本件契約が合意解約されたとしても、本件株等の元本及び年一五パーセントの配当を支払うべきである旨主張する。
原告は、本件契約の契約期間を一年間と定めて、訴外会社に対して預かり資金等を株式に投資、運用することの全権を委託したが、京成電鉄の株を失うことを危惧したことから、訴外会社との間で右預託した右京成電鉄の株の元本を保証することを内容とする本件契約を締結したものであるから、本件契約における元本の保証の趣旨とするところは、訴外会社が、預託を受けた京成電鉄の株三万株を預かり資金として右投資、運用した結果、これが償却される等して返還することが不可能となった場合にも、その元本についてはこれを保証することを約したものであると解すべきであって、京成電鉄の株三万株について、常にそれらが預託された当時における時価相当額を保証する趣旨と認めることは困難であるし、本件契約締結時に、かかる趣旨で右元本保証に関する合意がなされたと認めるべき証拠もない。なお、京成電鉄の株三万株以外の株及び本件ゴルフ会員権の元本及び年一五パーセントの割合による配当金については、本件契約の保証の内容となっていないことは、先に認定したとおりである。
右のとおりであるから、原告が、本件合意解約がされた後においても、被告が本件契約の保証人として、京成電鉄の株三万株あるいは本件株等の預託時における時価相当額及びこれに対する年一五パーセントの配当金について責めを負うと認めることはできないので、原告の前記主位的請求は理由がない。
2 予備的請求について
(一) 原告は、本件契約が合意解約により終了したにもかかわらず、訴外会社は、本件株等の返還が出来なかったので、本件株等の返還を受けるために右金一億〇二〇八万九〇七七円を本件株等に担保を設定していた金融機関に対して支払って本件株等を受け戻したため、右支払い金額から配当を受けた金額を控除した金六九九〇万八七一六円の損害を被ったものであるから、本件株等の元本を保証した被告は、右損害について支払義務を負う旨主張する。
本件契約は、契約期間を一年間と定めて、訴外会社に対して原告からの預かり資金等を株式に投資、運用することの全権を委託することを約し、訴外会社は、右委託を受けて株式に対する投資を行い、その利潤を配当することを目的とするもので、原告の右預かり資金の範囲内では継続した取引が行われるものであるから、本件契約が右期間の満了あるいは合意解約等により終了する際には、原告と訴外会社は本件取引により発生した累計損益額を相互に清算し、累計損金が存する場合には原告においてこれを支払って清算しなければならず、これに対して、訴外会社は、右清算が終了した場合には、原告から預託を受けた本件株等の元本を保証する旨の約定にしたがって本件株等を返還することの履行をしなければならないというべきである。したがって、訴外会社が、原告から預託を受けた本件株等を金融機関に担保に供して金融を受け、これを預かり資金として本件取引の投資、運用に供していたところ、本件取引において累計損額が増加したため、原告が右累計損額を清算しなければ、訴外会社において金融機関から右担保に供した本件株等を受け戻すことができなくなるという事態が生じた場合には、訴外会社は、本件契約の元本保証の約定に基づいて、当然に原告に対して本件株等を返還するべき債務及びこれらの元本を保証するべき債務を負うと解することはできない。
この点、本件において、訴外会社は、原告から委託証拠金として交付を受けた京成電鉄の株三万株を運用して株式の投資を行い、原告は、平成三年三月ころまでは訴外会社から配当を受けていたものであり、この間の取引きの状況については、訴外会社から報告や連絡を受けたり、株式投資に関する情報等を得る等して本件合意解約に至るまで訴外会社との取引きを継続していた。しかしながら、株式の取引状況が低迷したことから、原告は、本件契約を解約することとし、右合意解約をするにあたって合計金一億〇二〇八万九〇七七円の金員を支払ったが、右金員は、訴外会社との間の本件契約に基づく取引により発生した累計損額であり(<書証番号略>。右合計額は、東亜電波工業までに生じた累計損益額と日立物流の取引により生じた純損益額の合計に相当する)、原告も東急電鉄の株を売却した後の不足額として支払った旨を陳述していること、原告は訴外会社に対して、平成二年五月一五日、本件取引の全過程終了に伴う清算を行い全て完了したことを証する旨及び訴外会社との取引にあたり預けていた本件株等の担保品を返却受領した旨を記載した各書面を作成交付し、本件取引に関して原告が被った損害については引き続き協議することとして本件契約を合意解約したこと等の事実に照すと、原告が、本件契約を合意解約するに際して合計金一億〇二〇八万九〇七七円を支払って本件株等を受け戻したとしても、右金員は本件契約に基づく取引により生じた累計損額を清算するべく支払われた金額であり、その帰結として本件株式等の返還を受けたものと認められる。しかも、訴外会社が、原告から委託証拠金として預託を受けた本件株等を株式に投資、運用に供したが、本件取引により累積した損失を補填するためにこれらを追証に充てて償却した等という事実関係は認められないし、原告は、累計損額を清算したことにより本件株式等を金融機関から受け戻すことができたのであるから、訴外会社が、原告の右累計損額の支払いにもかかわらず本件株等の返還義務の履行ができなかったというような事実も認められない。又、本件全証拠を精査するも、原告が主張するように、原告が、担保権者である金融機関に対して合計金一億〇二〇八万九〇七七円を支払って担保となっていた本件株等を受け戻したという事実は認めることはできない。加えて、訴外会社が、本件契約の債務の履行を怠る等の債務不履行があったために前記累計損額が発生したものでないことは、原告も認めているところである。要するに、原告が予備的請求において主張するところは、本件契約が合意解約された際に、訴外会社との間で引き続き協議することが約された原告の損害に関するものであり、本件取引によって発生した損失のいわば補填を保証人である被告に対して求めるものであるといわざるを得ない。
本件契約が合意解約されたことにより原告が被った前記損害については、訴外会社が原告に対して協議することを約したものであり、このように合意解約に際して、主債務者である訴外会社と原告との間において生じた債務については、保証人が、当然に、その責めを負うものと解することはできない。けだし、合意解約は、既存の契約関係を消滅させて契約がなかったのと同じ効果を生じさせる新たな契約で、合意解約によって債務が生じたとしてもそれは既存の契約上の債務とは別個の、右合意解約によって新たに生じた債務であり、しかも、本件合意解約の理由は訴外会社の債務不履行があったためでないことは原告も認めるところであるし、本件合意解約によって生じた前記債務は、被告の関与しないところでその意思によって負担することが約されたものでないことから、保証人である被告の意思にそうものでないことは明らかであり、場合によっては保証人に過大な責任を負担させることが約される畏れがあるからである。連帯保証人は、そもそも主債務者の不履行により債権者の被る不利益を償うために存する一種の人的担保であるという機能に照すと、本件契約の連帯保証人である被告が、右債務についてもその責めを負うと解することは保証制度の趣旨に照して合理的でない。したがって、原告と訴外会社は、本件合意解約の際に今後引続き協議することが約された損害の損失補填等に関する債務については、保証契約の当事者の意思を合理的に解釈することによって、保証人が、なお、その責めを負うものと認められるような特段の事情のない限り、保証債務の範囲に入らないと解すべきである。
前記認定した事実によると、被告が、本件保証契約をした際には、本件取引によって累計損額が発生することを予想してその損失の補填についてまで保証することを約したと認めることはできないし、原告は、本件取引により生じた累計損額を清算した上で本件契約を合意解約した際に、本件取引により生じた損害については引き続き協議することを約したのであるから、本件累計損額を清算した結果発生した損害は、本件保証契約の本来的な範囲内の責任であると認めることはできないし、被告が、本件保証契約締結当時の本件株等の時価相当額の範囲内で右のような損害についても保証することを約したことを認めるべき証拠もない。
(二) 仮に、原告が、訴外会社に対して合計金一億〇二〇八万九〇七七円を出捐しなければ本件株等を受け戻すことができなかったのであるから、京成電鉄の株三万株の元本を保証することを約した被告は、本件合意解約に際して原告が右金額を出捐した結果、損害として被った金六九九〇万八七一六円についても保証責任を負担すると解しても、本件においては、原告が出捐した右金員は、本件取引によって生じた累計損益額を清算するために支払われたもので、原告が主張するように訴外会社が担保に供した金融機関に対して支払われたものであると認めることはできないし、又、右金員が本件株式の担保解消のために実際に金融機関に対して支払われたとしても、累計損金の清算のために支払われた金員と京成電鉄の株三万株を受け戻すために担保権者である金融機関に対して実際に支払われた具体的な金額を算定することはできないし、原告の被った右損害が京成電鉄の株三万株の元本に相当する額であるか否かも証拠上明らかでない。しかも、原告は、本件契約により被告が負担をするべき具体的な保証限度額について立証しないので、いずれにしても原告の右主張は理由がない。
四右のとおりであるから、原告の被告に対する本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官星野雅紀)